art24

23才、僕は銀座の一等地にあるITベンチャー企業の
SE(システムエンジニア)としてサラリーマンをやっていた。

社内にダーツバーと客間があって、家賃月200万円のこの会社は、
よく聞く【ブラック企業】だった。

・20kmマラソン
・ハワイアンズで泳ぐ
・また20kmマラソン
・断食
・うどん手打ち
・朝5時起きで山手線各駅暗記
・山頂から暗唱
・「カツ丼とカレーはどちらが美味いか」議論

などなど、メンタルを鍛える新人研修からスタートした。

今では笑いのネタになる。

そして、出版のネタにもなるのであえて書くが、
当時は必死でカリキュラムをこなしていた。

新人研修の後、同僚は各配属先に移ったが、
元々のブラック企業の暗黙のルールは相当ブラックである。

なので、結局、1年以内に同僚の半数が辞めていったが
23才の時の僕も退社を考えていた。

けど、ただ単に「会社が嫌で辞める」というのは【逃げ】になるので、
【辞めた後にやるべき何か】を見つけてから辞めたかった。

というのも、長時間労働から【歩行不可】になるまで肉体を酷使していたからだ。

●ライフワークの自問自答

「このままでいいの?オレ」

「人生をかけて本当にやりたいことは何かあるのか?」

「何のために生きてるのか?」

といろいろと自問し始めた。

そこで過去からライフワークを発掘したのが、【スプレーアート】であって
僕の人生を180度変えた【やるべき何か】だった。

サラリーマンをやりながら休日の日曜日だけ、【スプレーアート】を
やって何枚も絵を描きながら楽しんでいた。

【寝食を忘れる】とよく言うが、本当に睡眠も食事もいらないくらい
アートに没頭している自分がいた。

脱サラはかなり勇気がいる行為だったが、23才の僕はスプレーアートに
出合ったことで、ブラック企業を退社することになった。

これが僕の潜在能力を発掘するに至った
【潜在能力の第二覚醒】の時期といえる。

●第二覚醒で学んだこと

・人は窮地に追い込まれると本質を見つける環境が整う

・何かを手に入れるには何かを犠牲にしなければならない

・過去からライフワークを見つけることができる

・固定給のサラリーマンを辞める時は勇気度胸がいる

●PS

現在、第三覚醒時期を体験しています(^^)

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究極の贅沢フレンチトーストとシルバーニードルズ(^^)
美味すぎる!!

今日も楽しみましょう~!

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