ブラック企業で働くボロ雑巾だった僕が脱サラして1年でテレビ出演するアーティストになった話5


「画家なんてご飯を食べていけないのよ!」のウソ

     

 スプレーアートは、僕にとって心のホコリを払う「光のホウキ」になったのです。描けば描くほど、内面がクリアになるように綺麗に掃除されていきました。

 そして、食事や睡眠よりも絵を描くことに夢中になる自分に、心底満足できるようになっていたのです。まるで、純粋に全力でエネルギーを費やす子どものようだと思いました。

 このスプレーアートによって僕は、「将来の夢:画家」と文章化するほど夢想していた9才の自分にタイムスリップしていくように感じました。

「空想したものを目に見える絵画として具現化する」

そんな行為を、純粋に楽しんでいたあの頃です。

 目をつぶれば、画用紙いっぱいにクジラを描いていた時を思い出せます。いろんなものを大きなクチから吸い込むクジラを一頭描いていました。

 「あ!しまった!」と画用紙の縦いっぱいにクチを描いてしまってからも、「やり直しできないしこのまま描くしかないな」と我に返って描き上げたクジラの絵が大作になって賞をもらえたことは、今でも鮮明に覚えています。

 この経験から僕は「将来は画家になろう」と本気で思うようになりました。

 しかし、クジラの絵を描いて学校から評価された小学4年生の文集にその夢を書いた時から夢を壊されることになったのです。

     

「画家なんてご飯を食べていけないのよ!」

「絵は趣味でやることなの!」

「それよりも国語とかの勉強をやりなさい!」

 絵を描くことで自由な空間を得ていた僕の夢は、一瞬にして叩き潰されました。

 そして同時に、職業にならないことを大勢の人が読む文集に書いてしまったことを恥じました。

 「何か夢中になれることを見つけましょう」といわれたその「何か」が、僕にとっては絵を描くことだったのです。否定されるということはそれを奪われることにつながります。

 そして「絵を描いても意味がないのか」と素直に捉えるようになり、心の奥に封印するしかありませんでした。

 なので、家で絵を描く姿は見せないようになり、学校の授業のみがアートに接することができる唯一の時間になりました。その短い時間だけ、自由に好きなように想像したことを絵にできたのです。

アート封印とタイムスリップ

 アートを封印してからずっとそれを表に出ないように堪える自分もいました。中学生になっても、授業中だけ能力を発揮するので美術の成績は常にトップでした。

 しかし、国語・数学・英語・理科・社会の5科目が高校受験に必要なことで、体育・音楽・美術などは関係ないと見なされていました。

 なので、美術で好評価を得ることは僕にとって結局、すぐに消え去る至福の一時でしかなかったのです。その気持ちは高校に進学してからも変わりませんでした。

 書道・音楽・美術の3科目から選択する高校一年時の美術の授業でもタイムスリップしていました。自画像を描く時はその頃に読んでいた剣道漫画を読み返して、竹刀を持った道着姿の自分をイメージすることが始めます。素振りをする時に構える自分を想像して、竹刀を頭上で握る姿を正面から描きました。

 切り絵の授業もあっという間に感じて楽しかったです。それは1枚の黒い画用紙をカッターで切り取って絵にして、様々な箇所に色を塗った白い画用紙にそれを貼って完成させるものでした。

 僕は「シアター」という作品名で映画を見ている客たちを正面から見た切り絵を制作しました。ポップコーンを頬張る人もいれば、寝ている人もアクビをしている人も登場させていたので、人間観察が自然にできていたのかと思います。

 他の人は苦痛かもしれませんが、黒い画用紙を丁寧に細かくカッターで切り取っていく作業は僕にとって至福の時でした。画用紙の繊維が見えるほど凝視しながら、一切り一切りしていった16才のあの頃が懐かしいです。

 この作品が完成した後、カラーコピーしたものを記念に担任の先生へプレゼントしたところ、大変喜んでいただきました。

 水彩画の作品「王子と王女、朱雀と青龍」を描き上げた時も最高の時空間を体験しました。作品のテーマも生徒自身が決める授業だったので、僕だけ最初の1時間はずっと下書きも書かずに空想していました。

 どんな絵を描こうか、どんな珍しい登場人物を描くか、自由に発想していても時間は短く感じたのです。それだけ僕にとってアートとの触れ合いは、心を100%解放させることであって、本当に自由になれる時空間なのです。

 作品はその時空間の中で集中的に制作するからこそ、納得のいく創造物を生み出すことができます。

     

「着手する前ですべてが決まる」

「準備8割、行動2割」

といった意味が今ではしっかり理解できます。

 しかし、何も知らない当時は、作品の完成イメージがフッと上から降りてくるまでひたすら待ち続けることも制作の一部だと実感していました。

 早く着手したい気持ちはありますが、決まっていない時に描いても迷走するだけだということも分かっていました。なので、イメージが固まるまで内なる自分と向き合い続けるのです。

 それが何分何時間であろうとも、決して焦ってはいけないと思っています。

スーパー凡人な学生は、美術「5」

>パート6「ブラック企業で働くボロ雑巾だった僕が脱サラして1年でテレビ出演するアーティストになった話6」につづく……

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