ブラック企業で働くボロ雑巾だった僕が脱サラして1年でテレビ出演するアーティストになった話2


ノイローゼになる、いや、もうすぐ「うつ病」か

     

 毎日8時半~23時までMさんの隣で仕事をしているだけで精神が削られていきます。

 「自分のミスは部下のミス」と平気で責任転嫁してくるので、「なぜここで僕は仕事しているの?」とさえ思えてきたほどです。

 もう少しで「ノイローゼ」、いや、マイナス思考に陥っているからすでに「うつ病」になりかけだったと思います。

 この環境には、入社した会社の先輩や同期は誰一人いなかったので相談できる相手は皆無でした。完全にアウトローの状態なので、虎の巣に一匹だけ兎が飛び込んだ感じでした。

 自分の失態は部下の責任にして自己中な行動をするも、毎日マイナス的な発言を僕に浴びせてきます。年功序列から課長の位置にいるだけで偉そうにしていることにも、この組織社会の理不尽さ自体にも、僕は強い怒りを感じるようになっていたのです。

      

「この野郎、いつかぶっ飛ばしてやる!」

 と拳を握りながら、愚痴・不平・不満を吐かず、耐えていた頃が懐かしく思えます。

 ある日、新人である僕の歓迎会にはこのMさんは出席しませんでした。

 あとから理由を聞くと、

「子ども3人いて、カネないんだよね~」

と言ってきた時はさすがに

「一応、お前の部下だろうが!」

 と怒鳴りそうになりました。

 そのように毎回Mさんに感情を乱されるのもバカバカしく思うようになり、社内では喜怒哀楽を消して精神を整えるように訓練し始めました。

 Mさんが出席した飲みの場で「腕相撲大会」があった時に、僕の怒りは合理的に爆発しました。

 Mさんと手を合わせることすら嫌だったのですが、剣道で鍛えたこの腕で開始直後、思い切り机に叩きつけたことで今までの怒りを静めました。

 結局、人事異動で僕はこの上司から離れることになりました。

 社会の理不尽さを同期で一番早く身を持って経験できたことはある意味、幸せなことだったのだろうと思います。

 また、同じフロアで毎日毎日単調な仕事を繰り返すことに時間の感覚が鈍り、大昔のドラマのように色褪せる自分に恐怖を感じていました。

          

「遅刻するなら会社に泊まれ!」

 そして、別の部署に移ったと思えば、そこは激務のプロジェクトが進行中でした。月に250時間以上働いても残業代ゼロ、手取り18万円という超過酷労働が待っていたのです。

 労働基準法を違反していることは理解できたので、アルバイトをやる方が合理的な数字だと分かっていました。しかし、一旦就職した会社をそう簡単に脱サラできるものでもありません。

 会社で寝泊まりすることも常識でしたので、骨が相当ゆがんでいたらしく、左足が動かなくなって歩けなくなるほどストレスを抱えるようになっていました。また、この会社は時間厳守が絶対のルールでした。

 「遅刻するなら30分早く家を出ろ!」

 「それでも遅刻するなら会社に泊まれ!」

 そう言われ、会議に5分遅刻するのも許されなかったのです。

 ストレスを溜めながらも終電で会社から帰ってきては、整体院で骨の歪みを調整してまた明日会社へ行く、という繰り返しの毎日でした。果て無きラットレースだといえます。

 気晴らしになるのは、自宅でヤキトリ片手にビールを飲むことしかありませんでした。

 自分を客観的に視て、まったく魅力的な人間ではないことは確実でした。

 非成功者であり、完全に人生の負け組だということに落胆していました。

 大学生時代にあれだけ理想像を明確にしていたにも関わらず、そのビジョンから遠く離れていることが悔しくて仕方がなかったのです。

「ずっとここで働いていたら確実に体は壊れるか、精神が崩壊するな…」

 そう確信していました。

 なぜなら、自己主張が苦手な優しい先輩が本当に「うつ病」になっていて、いつの間にかに自主退社していたからです。その先輩とは二度と会うことはありませんでした。

 SE(システムエンジニア)として働くIT企業では、人との会話よりもパソコンに向かって無言状態の時間の方が長くなります。ですので、コミュニケーションする時間が少なくて精神が弱い人はノイローゼになるのは当然だともいえます。

 しかも、ここのベンチャー企業は退職金など出さず、捨てゴマのように社員を使い倒すことを繰り返していました。これがブラック企業の実態なのでしょう。

 けれども実際に社内で働かない限り、この悪質さは分からないようにカモフラージュされています。高そうな壺が置いてある畳の客間や、何種類もあるお酒が常備してあるダーツバーが設置されてある会社がブラック企業だと誰が思うでしょうか。

 肉体的にボロボロになるか、精神的にボロボロになるか、僕はどちらか一つだと確信しました。

 心身どちらかが壊れるまで働く意味があるとは思えないこの会社で僕は、「脱サラするための道」を真剣に考えるようになったのです。

 ようやく、本当の自分を解き放つタイミングがきたのです。

      

そしてついに、脱サラへ

>パート3「ブラック企業で働くボロ雑巾だった僕が脱サラして1年でテレビ出演するアーティストになった話3」につづく……

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